BC592  3.【解煩】



士会が執政の座を譲ったことについての、郤克の思考と士燮の思考。



■目次■
1.【憂煩】 2.【回顧】 3.【解煩】 4.【睦親】 5.【解桎】 6.【転】
7.【反風】 8.【博奕】 9.【問天】 10.【再会】 11.【負心】 12.【明鑑】


10
11
12
13
14
↑【画像クリックで次ページへ】


ちなみに既に、士燮は士会にしばき倒され済みです
(士燮が朝廷で自らの才を顕示したことを士会に話したら、
激怒を買って杖でしばき倒された。『国語』参照)。
そのとき、士会は「私が晋にいなければ、すぐに滅んでいるところだ」と言い捨てているので、
士燮はそれ以降范氏の存亡についても意識して、それを口にしていていいかな…と思い、
あんなことを言わせてみた次第。「范氏之福」という言葉は、エン陵の戦い(BC575)の勝利の後、
内乱を予見した士燮が自らの死を祈った祝詞にある言葉なので、
ちょっと重すぎるかも…と思いながらも、言わせてみました。
いつエン陵周辺を描くふんぎりがつくか分からないので…。


さて、一番下のページの最後のコマは、左伝に在る士会の台詞を元ネタに使ってみました。
郤克の怒りを見て引退を決意した由を士燮に語って、
「喜怒の類を以てするは鮮(すくな)し」と言ったのを踏まえてます。
要は、怒るべき時に怒り、喜ぶべき時に喜ぶことができる者は少ない、ということ。
これを郤克にあてはめれば、当然、郤克は怒るべからざる時に怒ったということになる。
一方の士燮はというと、こちらは感情を抑圧しすぎて、怒るべき時にも怒らない人というイメージがある。
二人は正反対の意味で中庸を得ず、「喜怒の類を以てす」ることができてない…というのを、
二人の台詞を通してコソリと盛り込みたかったのです。

何気なく読んでると士燮さんは人格者のように見えますが、
喜怒のバランスをまだ得られておらず、格(いた)らない点もあるのです。
まだ卿になったばっかでもありますしね…。郤克と士燮が、双方の台詞によって、
双方の不得中庸をあぶり出しているような書き方をしたかった(願望)。



ギャラリーへ  ホームへ