同い年幼馴染主従コンビいいっすよね!








朱然墓からタクシーに乗り、同じ市内の博物館に移動します!


【馬鞍山市博物館】









ご覧の通りの、とても立派な博物館です。入館無料。ありがたい。
なお、馬鞍山市博物館の館員さんはとても親切な方々でした!!!
…これは強調しておきたい…。

館内はかなり広いのですが、三国時代を含む六朝関連のところを見て回りました。





牛渚での攻防の歴史がまとめてあるのは、馬鞍山市が昔の牛渚にほぼ該当するからです。
…むそ8で牛渚の砦に行く時には、現在そのあたりには朱然の墓があるのかーと思ってくらさい…(エッ)。
むそ8の呉7章「濡須口攻防」では朱然と朱治が仲良く牛渚にいた気がする…偶然なのか、こえさんの粋なはからい(?)なのか…。





馬鞍山では六朝時代の墓が数多く見つかっており、その墓室の形式も紹介されています。





こちらはその中の「宋山墓」の模型。宋山墓は、1987年に発見された、呉の時代の墓です。朱然の墓より複雑な造りで(甬道の両側に「耳室」という脇部屋がある)、墓室の全長も17.68mと長大らしい。





博物館には朱然の墓に用いられていた「◎富且貴◎至万世◎」(◎=銭の形だと思ってくらさい)の墓磚が展示されています(写真左)。
泥を落としてあるので、文字がきれいに見えます。
右は宋山墓の墓磚です。朱然墓のものとだいたい同じで、やはり「◎富且貴◎至万世◎」の銘文が見えます。
宋山墓の文字の方がやや曲線的で装飾的ですかねえ…ほんとに若干ですが。
…宋山墓と較べると朱然の墓は小さくてシンプルだし、墓磚の文字の装飾性も若干劣るけど、軍器以外にはろくに装飾を施さなかった質素な朱然らしいなあ、という気もする…。





なんかオサレだなーと思って撮った、こちらの館内の写真…よく見たら墓室を再現してますね!! 私が調べたことのある墓は朱然墓だけで、他の墓はどうなってるのか知らないのですが(…)、少なくとも朱然墓の墓室と同じ感じになってます。




なんとなく解説を入れてみた。

壁(の下の方)は「三順一丁」というれんがの積み方(たぶん)。どうも、長辺を露出させて横倒しにしたれんがを三層、短辺を露出させて縦にして敷き詰めたれんがの層を一層…という積み方をそう呼んでいるっぽい。朱然墓の墓室は、この「三順一丁」が二組ある。家族墓は三組。この写真は二組あるので、博物館内の壁は朱然墓の墓室と近いと思います。

で、床の方なんですが、れんがを壁とは45度の角度にして「人」字型に敷き詰めたようになってます(うまく説明できない;)。これも朱然墓や家族墓と同じ。

前の朱然墓のページの、朱然墓・家族墓の墓室写真の壁や床をよーーくご覧いただくと、同じだというのが分かります…床の方は、棺や棺床(棺を安置するために積まれたれんが)で隠れてよく見えないんですが…;
入ることのできない墓室の中にいる気分になれます。


…というように、なかなかいい感じで凝っている博物館ですので、朱然墓ご訪問の際には馬鞍山市博物館にも行ってみてくだされ!!







馬鞍山市内で昼食を済ませ、中距離バスで南京に戻って孫権墓に行きました!


【孫権墓/孫権記念館】





孫権の墓は、「鍾山風景名勝区」の中にあります。入場料は70元。
鍾山風景名勝区内には、中山陵(孫文の陵墓)や明孝陵(朱元璋一族の陵墓)があり、かーなーり広いです。
到着したのがもう夕方近かったので、孫権墓まで急いで向かいます!





朱然の墓とは違って遺構は見つかっておらず、碑が建っているのみです。







碑の表裏をアップで。
孫権が歩夫人(練師)とともにこのあたりに葬られたことから、この地は孫陵崗とか呉王墳とか呼ばれていたみたいです。





孫権墓の石碑が建つあたりは現在梅花山と呼ばれているようで、その名の通り春先は様々な花が咲いていてたいへんきれいでした。墓自体は見つかっていないものの、花の下のどこかに眠っているのかも…と思うと、それも悪くないかもしれない…。

また、孫権の業績を称えて、記念館も建てられています。




こちらがその「東呉大帝孫権記念館」です。広場中央には孫権像が立ち、像を中心に弧を描くような形で建物が建っていて、凝った造りになっています。下に孫権像をアップで。




閉館時間がかなり近かったので、館内の写真はありませんすみません;; 撮影禁止のとこもあった気がする。写真がないので内部の様子もあまり覚えていないのですが(汗)、建業の宮殿を再現したミニチュアとかがあったかなあ…??? たいしたご紹介ができず無念です…。

お土産コーナーでは南京の絵葉書と『孫呉名臣伝』というなんだか素敵な本があったので買ってきました。こちらの本は呉の主要な家臣たちを紹介した本で、だいたい正史の通りですが、多少の筆者の分析や、正史三国志以外の情報も入っていて、なかなか面白かったです。朱然の墓についての詳細な説明もありました…こちらの本では、家族墓の被葬者を朱績だと考えているようですねえ。


三日目の旅程はこれにて終了ー。夜は南京市内のマッサージに連れて行っていただいて死ぬほど痛い目に遭いましたが(背中の肉が剥がれんばかりの痛さで窒息しかかった…)、その甲斐あって長年の肩こりが驚くほど楽になりました…。



▲前(朱然墓)  ▼次(三国城・水滸城)  /  旅行記目次へ  ホームへ